濱田庄司記念益子 参考館-上映会報告


「京都で道をみつけ、英国に始まり、沖縄で学び、益子で育った。」濱田庄司(1893-1978)の有名な一文。
2016年7月2日。公益財団法人 濱田庄司記念益子参考館にて「あめつちの日々」映画上映会が開催されました。松田米司親方と共に私も参加させていただきました。実はこれまで足が遠のいていた益子です。でも映画の上映会をしてくださるという事で、今回はこの映画をつくったという責任を持ち濱田庄司記念益子参考館を訪問をするという覚悟で向かったのです。私が濱田庄司氏という巨人に触れるきっかけとなったのは、書籍「無尽蔵」。そして、きめては四釜尚人さんと松田米司親方と向かった英国セントアイブスへの旅。ここでは詳しく書きませんがみなさん各々が持っている濱田像というものを私も自分なりに持っているわけですが、まだ深く研究をしているわけではありません。

「益子」で「沖縄陶器」の映画上映会をしてくださるという快挙。しかし観てくださる皆さんにどれだけ自分たちの想いを共用してもらえるものか。先代の巨人がつなげた土地と土地の物語の事実の館にて「あめつちの日々」はどのように関係し、影を出し、理解をえられるのか。制作中には想像していなかった大きなテーマにさしつまり、そうは言っても映画としての耐久度はどうなのか。などなど考えると緊張しないわけがありません。私が緊張始めたころ、会場にはゆっくり沖縄がしつなわれていきました。シーサーに厨子甕、沖縄民家が描かれた画、友緒氏が棚上に「パナリ焼」をトンと置き、沖縄民謡が流れはじめたら、もう館と沖縄との見事な調和が完成です。もう緊張を忘れこの記憶を忘れずにいよう、自分の中で気持ちが変わっていきました。

事後報告として書きますと映画がいいとか悪いとかでなく、想いというものは伝わるものだという感想を持ちました。映画の内容ではありません。益子参考館の見事な存在。興味をもたないわけながない濱田晋作氏の館内を歩く姿。濱田晋作氏と松田米司氏と同じ場所にいれた偶然の時間。そして、現代の館を背負う濱田友緒氏の在り方。敷地に広がる大きな樹々を眺めつつ、時代をつなぐ人間たちの存在は「今もっとも必要な人間である」という確信が持てました。そしてその「今」というのはきっと、いつの時代にとっても「今」なのかもしれません。私たちが映画づくりをしながら学ばせていただいているのは、商業映画でないが故に商業の対面側を見ているように思います。その面からは、実は斬新な「時代越えする人間の何か」に触れることがあります。見失いがちです。人は「想い」なのではないでしょうか。

上映会にきてくださった方々の熱い視線、上映に至る様々な設営を助けてくださった皆さんの協力などから、この地と館が持つ文化度の高さを感じました。非常に印象的でした。体感した圧は先代の氏の想いによってつくられた参考館の力によるものですね。巨人が描き残した創造の力、その大きな想いは時代を超え永く耐久性があるのだと私は目で見てしまいました。見て体感してしまった以上しょうがない。小さくとも自分もそうありたいと思います。

みなさま、ほんとうに有り難うございました。

(写真左より・濱田晋作氏、松田米司氏)
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(写真左より・濱田友緒氏、松田米司氏、濱田雅子氏)
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