八重瀬町- 最大最古のシーサー


八重瀬町にある沖縄県最古で最大のシーサー。

「石彫大獅子」には沖縄戦時の有名な写真がある。それは米陸軍がこの獅子に隠れ丘の向こう八重瀬岳にいるとされる日本軍を監視する写真。獅子を囲む写真中の兵士の目線の先には米軍が「Big Apple」と呼称した八重瀬岳の絶壁がそびえる。米軍は昭和20年6月11日に到着し、翌日12日、第17連隊が霧に紛れて八重瀬岳台上に進出したことで日本軍の戦線は一気に崩壊へと向かったと資料にある。

獅子は70年を過ぎた今でも座っていた。木陰で休み景色を目にやきつける事数十分。アメリカ人らしき三人組が来て写真撮影をした後、獅子の口へ10円玉をのせて帰っていった。資料にあるように確かに大獅子には弾痕跡が残っていて、戦争下の荒れた世界をそのまま今の私たちに見せてくれる。獅子のいる場所から八重瀬岳まで約500m。現在は木々に被われているので見えないが、樹木のない焼け野原ではこれより近距離にみえたに違いない。頭をめぐる恐怖感と耳から聞こえる呑気で平和な蝉の声が交差し、複雑となり考えにならない。歴史を勉強すると苦しいような未来を考えるような想いが生まれる。視線を逃がすと丘からは南部へ北部へつづく町となった人の営みが見える。自分の与えられ生きている時間を私は確実に活かしているだろうか。大獅子は歴史を目撃していた役目をそのままに八重瀬岳の方向を向いている。 (2016年6月)

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