民俗学が消えてゆく、といわれ。


 1800年代に日本を訪れ、見たままを文章に残したラフカディアン・ハーンは書いている。「知識層や富裕層ではなく、庶民の暮らしがその国の力」。日本は、身体が小さくて、みな青い衣類を着て、みな笑顔。それら町の風景をみて、欧米のどこにも劣らずの文明があると書かれてある。それはそれは、日本人の私でも見てみたい景色だ。

 私は2016年はボロ車にカメラを積んで日本の地方都市を車で走った。特にバイパスという道を走ると、カーナビ画面は見たことのある洋服屋やレストラン、コンビニのアイコンがたわわに表示される。多くの看板に飾られた通りは広報の嵐。私の暮らしは質素なものだから、そのアイコン群にはとても安らぎは求められず、そこには自分が撮れる物語は存在しないと思うようになった。乾いた喉をそのままやせ我慢をして通過する。

歴史にコツコツとノックしているような、いきいきをした人間の物語を見つけるためには、もっともっと奥地に入り、けったいな行き止まりを右往左往して探さないと、探し求めてるものにはなかなか出会わない。21世紀はそんな複雑化した町になっている。人力車で通りをながすだけで、青い着物をきた群衆をみただけで、その土地の人の文化度がわかるなんて、なんて素敵なんだろう。その後、ラフカディアンが来日した良き時代は、その後200年ほどで終了しきったのだろうか。

いいえ、もうその頃から彼は危惧してる。知識層から順次西洋化していく日本社会を不安に思っていたようだ。民族学がきえてしまうと何かで読んだ。古文で読んだ土地に行っても、だいたいそれは奇麗に消えている。必要がないからなくなったのだろうか。それより資本にならないから消えているのがほとんどなような気がする。祈りの場所はどうなったのか。祭りはどうなったのか。人々の生きている様は変わっていった。

では、長い歴史の中で、今わたしたちが生きている現在は一体どんな時代なのだろうと気になってしまう。もし社会が成熟しているのなら、苦しんでいる人と豊な精神性ある人が二人三脚したり、実際に誰もが幸せな暮らしができるよう、そろそろ結論がでてもいいぐらい近代化した時間がたっているのではないだろうか。近代人は願いをメールや電話で人々に共用し伝える技術は手にしている。だけど幸せな暮らしを手にしているかというと…。近代化した社会に生活しているからといって、成長しているかというとそれは難しい。インターネットに、例えば、自分の思う批判をつづり、相手を固定せずに意見を残す。批判的精神が広まれば、楽しげな信仰がすべて残り、苦痛を要する信仰がことごく消え失せる、と思い込むのは実にあさはかな考えである。信仰ではないとしても、社会に安らぎを与える要素にはまったくならない。たとえ、悪意がないと思っていてもしかり、ような気がしている。

しかし誰もが成熟した社会を求めているのかというと、どうなのだろうか。私のことでいうと恥ずかしくも、経済社会に属した近代化が成熟した文明なのか?と、疑問にすらしていなかった。しかも「最新=文明が進んでいる」と大きな勘違いをしてきた。哀れな世代である。

「思索する上で、たいがい批判的で壊滅的な理性より、全体的にみて建設的な想像力の方が、人々の幸せに貢献する。気取った哲学理論より、粗末なお守りや御神像が心を癒す。」ラフカディアン・ハーンは1800年代にそう言っている。

物がなかったゆえに、工夫して協力して暮らしてきた人々の時代。調べれば調べるほど、それは良く完成され「和」「コミュニケーション」みないなものが存在しているようだ。「そうそう、その時代は良かったねえ」と関心するだけでなくなんというか。質素な暮らしがいいか温かくなった便座がいいか。実際はちょっと困るのだけど、個人的には便座は温かくしなくても病気になるほどの苦痛はない。電気生活の暮らしは代わりのもので代用ができないか、食でいえば、例えば「フードバンク」のように余って破棄する多量な食糧を必要とする人々のところに届ける方法はないかなど、どれぐらい社会へ知恵を出せるかどうかが成熟した人間なのではないか。

みなが社会を幸せにするアイデアを出し合う。そんな人の素養を持ててこそ成熟な社会だったり、それらを共用展開し合うことが、物を手にした以後の人の理想郷であろうか。ネットを使い嘘報道を流しお金を稼ぐという哀れな側面はあまりにも痛々しい。

社会のいろんな場所を見てみることだ。以外なところに自分がいるかもしれないね。

 ああ、忙しく豊かな生活をなんとか切り上げて、おちついて時間をかけて24時間の生き方を堪能したい、と思う。